予想も出来ないこと




4月16日。
朝から天気も良く、気温も22度だった日。
ベッドでまだ寝てる母に、天気もいいので散歩でもして来たら?と勧める。
お昼過ぎ、午後1時半頃、散歩に行く気になった母がシルバーカーを押して出掛ける。
2時半頃、いつもならもう帰るはずの母がまだ帰らない。
出掛けて1時間・・ 
時々、散歩中に出会った人と話していて帰りが遅くなることもあるけど、それにしても遅い。
いつも歩いてるであろうコースを車でゆっくり廻ってみる。
もし見つけたなら拾って帰ろうと思ってた。
でも、どこにもその姿は無い。
家の用事をしながら、気付けば4時。
これはどう考えてもおかしい、何か良くないことが起きたのではないかと胸騒ぎ・・
寄るはずもないけど、もしかしたら立ち寄ってるのでは思う家に何軒か電話するけどうちには来てないと言われる。
そうしてる時、玄関のチャイムの音・・
一瞬、嫌な予感がしてドアを開けると、男の子が2人立ってて
『おばあちゃんが倒れてます』 と言う。
場所を聞き、慌てて駆けつけると、有り得ない場所で母は仰向けに倒れてた。
その場所は、普段殆ど人が通らない、かなり細い道幅と傾斜のある坂道。
坂道の上にある県道脇の歩道を通ってる時、突然尿意を催し
足の悪い老人がシルバーカーを押して降りるのは無謀なことを承知で降りてしまったらしい。
半分までなんとかブレーキを利かして降りた後、前のめりに滑りこけ、動けなくなってしまったらしく。
何時頃そんなことになったのか本人の記憶も無く、何時間そうしてそこに居たのか・・
あまりに帰りが遅いので、仏壇に向かい母が早く帰れますようにとお願いしてた・・
男の子達は、県道沿いにあるその近くのコンビニにおやつを買いに行ってた時たまたま倒れたシルバーカーと倒れてる母を発見したのだと。
ご先祖様が導いてくれたんだと思う。
その場所にたまたま居たその他の人達と3人掛りで母を何とか立たせたけど、フニャフニャとした足どり。
こういう時、痩せてるといいなと思う、母は重い。
お尻はおしっこをしてビッショリ、おませに大便もしてる模様・・
その日は暖かかったけど、母は寒がりなのでニット帽にメガネと大きなマスクとかなりの厚着。
頭をしこたま打ったけどニット帽とメガネとマスクに保護された。
メガネはかなり歪み、レンズにはヒビ。
頭を打ってるので救急車を呼んで病院に行った方が良いと言っても、お漏らしした姿で行くので本人かなり渋る。
説得して、救急車を呼び病院へ・・
病院に着き、漏らして汚れてしまった下半身に身に付けてた服は全部処分。
看護師さん達、大変だったと思う、あれは。
打った頭と腰、そして人工関節の手術をしてる足を MRIとレントゲンで検査すると別状は無く。
ひとまず安心するも、打った頭はその後頭の中の出血が起こると一瞬にして命を無くすこともあるのだと。
一晩様子を見て、もう1度検査をするとのこと。
それにしても、その日の母の状態は凄く・・
オムツをはめていても、30分置きの尿意の度にそのままストレートにオムツの中へ・・
そしてありえないことに、普段かなりの便秘症なのに大便の量が凄い。
尿と大便でオムツ替えをして貰ってる姿を見て、この後一体どうなるんだろと思う。
このままこういう状況が続き、そのまま介護老人になってしまうのだろうか・・
家には娘と赤ちゃんが居て、普段とは違う状況なのに、母の世話を・・?
今後を思うとかなり憂鬱になる。

この状況、2~3日で少し緩和。
ベット横にポータブルトイレを置いてもらい自分でするように。
なんとか頑張ってもらわないと、困る・・

母の部屋は2人部屋。
入院から退院までの間、隣の人は3人変わる。
でも、その隣の人が何ともユニークな人ばかりで。
入院した直後一緒だったのは、初めて部屋に案内されてビックリ。
横になってるその人の声を聞いて、最初おじいさんだと思った。
男の人と一緒の部屋? とびっくり。
でも、100歳近いおばあちゃんだと分かる。
部屋を変わり、初めてその部屋に入った時、その人を見てビックリ。
口の周りにびっしりヒゲが生えてる、所々2cm近くの長さのものが。
えっ・・ 女の人だよね、相部屋だし・・
でも、この人のヒゲの原因というか、どうしてヒゲが生えてるのかは未だに不明。
一緒にに居た母もそのことについては聞けなかったらしい。
そして、3人目の人・・
名前は日本人だけど、たぶん中国の人。
娘が母の病室を訪ねた時 あれ? と思ったらしい。
確かに、娘さんらしき人が来てる時、2人の会話はまるっきしチンプンカンプン・・


救急車で運ばれた直後、採血した結果異常だったのが心臓と糖尿の数値。
元々、入院する前から時に胸の痛みを訴え、舌下錠(ニトロ)を服用してた。
5月8日に大学病院から医師が来て、この病院で検査が受けられるという。
トイレの状況は、1人でトイレに歩いて行けるので良くなってた。
後は検査までの間ゆっくりここに居ては・・という病院の方針。

ゆっくり病院に居てくれると私は実は助かる。
母が家に居ないと寂しいと思わない自分を発見。
居ないということに安堵感さえ覚えてた。
でも、入院して1週間、毎日通い、病院と家をバタバタと忙しく過ごす生活に疲れを覚える。
朝、家の用事をこなし、昼近く病院に顔を出し、買い物をして家に帰り娘の為に昼食を作り、沐浴の手伝いをして、夕飯を作り・・ 
片付けして寝る頃にはヘトヘトになってる自分。
かなり擦り切れてた頃・・
5月6日に予定してるお宮参りに一緒に行きたいと言う。
2泊3日の外泊が出来るので帰りたいと言う。

ずっと病院のベットで生活してたのに、帰ってお宮参りに一緒に行くなんて・・
心臓の検査をする為に安静にしてるのに、直前の頃にそんなに動いて大丈夫なの?
おしっこも近いし、歩くのもゆっくり、そんな風なのに一緒に着いて来るとは・・
かなり無茶な考えだと思うし、母の頭はこの時変じゃないかとも思った。
外泊してもいいけど、2泊じゃなく1泊、一緒に来なくても家で待っててくれたらいいのに・・ 内心思う。
先生に色んなこと大丈夫なのか聞いてみたら? 
そう言うと、母の返答は・・
『家に帰ったらいけん言うんじゃな』
『親のめんどうを見るのが嫌なんじゃな』
そんなこと言ってないのに・・
今の状況を判断すれば、そうしてくれた方が良いというのは親ならわかってくれるでしょ・・
私、今、いっぱいいっぱいなんよ・・

こういうこと言い出すのは今に始まったことではない。
時にこんなことを言って私の心を測るのだ。

娘が京都から帰った直後、母はめまいがすると言い出した。
フワフワすると訴え、自分のことを心配して欲しいのだ。
他にもあったけどいちいち覚えてられない。
娘に話すと、それは赤ちゃん返りなんじゃないかと。
そっか、自分に関心が薄いと感じるとそんな風になるのか・・

この日、話すのも嫌になり病室を後にする。
どんなにわかるように話しても、凝り固まった母の頭の中には言葉は一切入っては行かないから。


2日置いて病室を訪ねると母は人が変わったように素直になってた。
1泊2日で、家で大人しく待ってると言う。
ヤレヤレ・・


お宮参り、無事済みました。
娘に送られ母も病院に帰り。







やけに長い更新記事になりました。
心の中に溜まってることを記して置きたいとずっと思ってました。
早く、忘れない内にと。


でも、もう少しあるのです。
なんてこったいってくらい、立て続けに色んなことが有った毎日。





続く。。。











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by momo5r | 2013-05-19 18:54 | つれづれ